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2015_01
02
(Fri)22:57

FF4エジリディSS『君と交わしし』

2015年初更新記事に続いて、新年なのでめでたいってことでSSも更新しちゃいます。
(まあ書いたのはだいぶ前なのですが~)

!ご注意!
●こちらのSSはオリキャラが出てまいります。オリキャラニガテな方はご注意を~。
●スモカ的幸せ家族妄想がふんだんに盛り込まれてます。ニガテな方はご注意を。
●でも基本はいつもどおりノンキなお話です。


そんなこんななお話ですが、「読んでもいーよー?」ってな方はよろしければ続きからどうぞ!







大切に抱いた小さないのち。
温かなその温度。
まだなにも知らない、あどけなく無垢な者。その額にエッジはそっと口づけを落とす。


どうか未来永劫、おまえが幸せであるように。






君と交わしし。

***君と交わしし***








エブラーナ妃リディアに、世継ぎたる待望の第一子が産まれたのは本当につい先日のことだ。

輿入れ当初から、誰もがエブラーナの次代を繋ぐ世継ぎを彼女に望んでいた。しかし稀代の召喚士として濃すぎる血をその身に継ぐリディアの体は決して丈夫ではなく。
『 子は恐らく成せない』───王族付きの医師たちからの進言を、エッジは当初から受ける事となった。
王として、世継ぎが欲しくないわけではない。しかしそのためにリディアを娶ったのではないのだ。
ただ愛おしく。共に在りたい。
知り合ってからもう既に十年以上。お互いの想いを通いあわせていたにも関わらず、それでも各々を取り巻く事情というものに託つけて、付かず離れずのままに時を過ごしてしまった。
一時はどちらの気持ちの中にも確実に『別離』を意識した瞬間があったろうと、今なら分かる。
相手を想う故に。結ばれる事があまりに難しく、愛しい人の気持ちだけをこのまま縛りつけて生きていくのなら、と。
だが違った。なにも難しい事などなかったのだ。しいて言えば───エッジもリディアも、ただ自分達の正直な気持ちから逃げていただけで。
二度めの大戦、そして月からの帰還後。
エブラーナの民たちはいつまで経っても后を娶らない自国の王に問うたのだ。
なぜ、愛しきお方を迎えにいかれないのですか、と。
国の為──それを考えれば、然るべき家柄の由緒ある女性を后に迎えるべきだった。
しかし。
愛おしい存在がこの世にただひとりいる。
それでなければこの心が望まない事──それを語らずとも、彼を慕う民たちは心得てくれていた。

『リディア様をお迎えくださいませ。お館様が我らの幸せを望んでくださいますように、我らはお館様のお幸せを何より望んでおります。我らに幸せなお顔を見せてくださる…それは、これからの貴方様の仕事の一つでございますよ』

背中を押されるに充分な、臣下たちからの言葉。民たちからの想い。
いつのまにか怖じ気づいていただけの気持ちに、その時やっと気付かされた。
躊躇う事。言い訳し、逃げる事。
なぜ、いつの間に、そんな風になってしまっていたのか。
歳を重ねるうちに衰えたのは体ではなく、心の方だったということ。
そうして自身よりも余程まっすぐな眼差しをした民たちにエブラーナの明るい未来を予感しながら、リディアを、そして彼女の養い子のクオレを──このエブラーナへと迎えいれた。
そんな風にして娶った、この世でただ1人愛しいと感じる女なのだ。
たとえ世継ぎが望めぬのであっても、それはエッジにとって最早大きな問題ではなく。ジェラルダインの血を受け継ぐ子がないと言うそれだけの話だと感じていた。
亡き父や母が守りたかったのはジェラルダインの血ではない、このエブラーナという国、そして民だ。ならばリディアに子が出来なくてもそれにはなんら問題がない。
いつかの然るべき時までに、新しい国の継ぎ方、政の在り方を整えればよいのだと。密やかにそういう準備にさえ取りかかっていたのだから。
リディアの懐妊はそんな折。
まさに奇跡のような出来事だと医師たちは口を揃えて言い、エッジに至ってはこれは夢ではないかと疑いに疑って。
それでも日に日に大きくなる妻の腹を見ればそれは夢などではなく、時が経つにつれ、喜びはひとしおとなっていく。
しかしふともたげた不安があった。
十月十日後の出産の日までリディアの体力が保つのか、母体を脅かす無理をかけるのではないのか。気づけば惨憺たる程の危惧を抱き、それに翻弄されてしまっていた。
他の全てにおいてあまり動じる事のないエッジであるが、リディアの体が心配のあまり人世初の不眠にまで陥る始末、という…。
そんな夫を救ったのは妻その人だった。

『…こんなことでどうにかなったりしないわ。私は結構しぶといから大丈夫。それよりエッジ、もっと喜んでくれると嬉しいなぁ…あなたの元気がないって事の方が、私の体にはよっぽど悪いもの』

唯一無二の愛しい人からいじらしい笑みと共にそんな風に言われてしまえば、もうクヨクヨと翻弄されてばかりもいられない。
そんなわけで。エッジはリディアのその言葉、そして元来からの持ち前の前向きさでもって、もちろんすぐに復活したのだった。
それに──彼女の言うその通りだと、エッジも思う。
一見華奢で儚げな姿かたちをしているリディア。だが彼女はかの大戦を二度も戦い抜いた女なのだから。
あまりに濃い血はリディアを生き物として『弱い』存在にしてしまったろう。だがそんな弱さを凌駕する程の心の強さを、エッジは過去幾度も見てきた。
そのたびに、ああこの女には敵わないと、何度思わされてきたことか。



やがて。
時はなだらかに流れ行く。秋を抜け、冬を越し。
目覚める季節。春が、来た。


おおよそ十月十日後──ジェラルダイン家にはそれはそれは健やかなる男児が産まれ落ちた。幸いな事に危惧された母体にもなんら問題はなく。
エブラーナはその日、国を上げての祝祭に包まれたのだった。
二度の陥落にも堪え忍び、そこから立ち直った不屈の国。その国の民たちが手放しに歓喜し、心底からの幸福に包まれ、生まれ落ちたばかりの王子の幸せを祈った日である。








そうして今、エブラーナ王エドワード・ジェラルダインは、その腕に小さき我が子を抱いていた。
ほんの3日前に産まれたばかり、当然まだ首も据わっていない。
そんな生まれたての我が子のあまりの小ささは、正直エッジを落ち着かなくするに充分だ。何事にも器用な彼でさえ、生まれたての我が子を初めてしかと抱くのには四苦八苦である。
すぅすぅと眠っている息子の、小さな額に口づける。かなりのぎこちない仕草で。
「そんなに恐る恐るしなくたって大丈夫なのに…」
軽やかに笑いながらかけられた声に、エッジの顔が微かに顰められる。
「…あのな。手ぇ震えてんだぞ。恐る恐るすんなっても無理だっつの」
「なんでも器用なエッジなのにねぇ…」
そう言ってリディアはベッドの上、更にふふっと小さく笑った。
そんな彼女の顔色はなんの危惧を抱く必要もないほどに良い状態に見える。
緩く片側に纏められた翠の髮が窓から射す春の陽射しに柔らかく輝き、乳白色の小さな顔の中にある円らな眼差しが、柔らかく細められてエッジに向けられている。
その様相の、相変わらずな妖精と見まごう美しさ。妻に迎えてからでさえエッジはそんな彼女に見惚れることしばしである。
実際今も危なげな手つきで息子を抱きながら、リディアの表情に心も目も奪われていたのだから。
相変わらず、病気である。若い時にかかって以来一向に治らない『恋』という名の。
嫁に貰えば少しは病気も落ち着くかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。あきれた事に。
「父様、私にも抱っこさせてくれ」
明るい声と共にリディアのベッドの傍らにいたクオレがとてとてとやってくる。エッジはよっこらしょとその場に腰を下ろすと、クオレに視線をあわせてやった。
「おう、持てるか?だいじょうぶか?」
「だいじょうぶだ。父様より全然上手く抱っこできるぞ」
言ってクオレはニコッと笑う。
南の海のような明るい青の眼差し。それを細める様にしたその笑顔は、誰が見てもなんら遜色なく愛くるしい。
エブラーナに迎えてすぐの頃は、まだまだ表情も言葉もたどたどしい感があったクオレだ。あの頃より身長も伸びているし、エブラーナ王家の者としてたくさんの勉強を身に付けた彼女は、近頃驚くほどにしっかりとした雰囲気を醸していた。
元来頭の良い子なのだろう。行儀作法や立ち居振舞いに於いては、リディアよりもすんなりと身に付けた位なのだから。
ちなみに、そんなクオレに相変わらずメロメロなのが爺だった。最近では本当の祖父と孫の様でさえある。もしかしたらリディアよりもエッジよりも、爺が一番クオレと過ごしているのかもしれなかった。
若い人材の育成の為と、昨今第一線からは退いている爺だ。その分出来た時間のほとんどをクオレにかまけていると言っていい。もちろん未だその影響力は多大であるし、頭脳にも衰えの兆しは全くないのだが。
そんなこんなで最近のクオレはもっぱら爺っ子なのだった。
それには一抹の寂しさを覚えるエッジだが、何分一国の王、どこまで平和になっても暇とは縁遠い身分だ。リディアも懐妊して以来存分にはクオレに構えていないし、これからは一層に赤ん坊に掛かりきりになるだろう。
そんな状態でクオレが爺っ子であることは逆に安心できるし有難い話だった。なんにつけても爺に任せて間違いだということはないのだから。
なにしろエッジ自身、幼少から今に至るまでを爺に面倒をみてもらったという経験がある。だからそれについてはもう絶対に間違いのない事といえた。
相変わらず恐々とした手つきでもってエッジは息子を差し出す。するとクオレは躊躇うことなく赤ん坊の体を受けとると、驚く程慣れた様子で上手いこと抱っこしてみせたのだ。
思わず感心する。
多少成長したとはいえ、まだまだ子供らしい年齢のクオレ。それがもっと小さな赤ん坊を淀みない手つきで抱き上げているというその姿。
「…すげぇなクオ。おまえほんとに抱っこ上手いじゃねえか」
くしゃりと、クオレの髮をなでる。
しかも──その姿の、なんと可愛いらしいことか。
小さな子がもっと小さな赤ん坊をよしよしとあやすようにする姿に、言い様のない温かな気持ちが涌いてくる。
ふいに、胸を突かれた。
誰より愛おしい妻が、何より大切な娘に笑いかけ。その娘の小さな腕の中にいる生まれたてのあどけない命───比べようなくかけがえのない息子が、そこに。
こんな幸せな風景が、この人生にはあったなんて。
泣きたくなる程の──胸を突く、幸福感。

あの日、エブラーナの洞窟で出会ったリディアがいたから。「もうこれ以上しんじゃうのはいや」と言ってくれたリディアがいたから。だからきっと今、こんなにも幸せな自分がいるのだ。

「父様?」
ふいに呼ばれてエッジはハッとなる。
つい黙って見つめ下ろしていたのを敏感に感じ取ったのだろう、クオレの青い眼差しの中に『どうかしたのか?』という感情がありありと浮かんでいた。
月日を追ううちに人の気持ちに対して悟くなる娘の成長。それを、エッジは本当に眩しく感じている。
僅かに微笑みが洩れた。
「…なんでもねえよ。にしたっておまえいつのまにこんなに抱っこ上手になったんだよ?ほんと、オレより全然上手いのなぁ」
感心しきりで言えば、クオレから嬉しそうな笑顔が返ってきた。
「父様が仕事の間に、母様のところに来て抱っこさせてもらってたんだ」
「ほー。それでこんな上手いわけか」
「うん!」
小気味良く頷くクオレに、そうかそうかと頷き返しながらまた頭を撫でてやる。
すると。はぁ…と、耳に届いたのはささやかなるため息の音。
エッジの視線が思わずそちらに奪われる。
「…そうねぇ。父様よりもクオレの方が断然抱っこが上手だわ。なにしろ父様はここのところとーってもお忙しかったみたいで…産まれた息子とちゃんと会うのも、今日やっとだものね」
こちらに向けて投げ掛けられたリディアの声。それはあくまでも柔らかい。
しかしだからと言ってそこに全く不機嫌が含まれないかと言えば…そんなことはないのだろう。
チクチクと小さなトゲが刺さるよう感覚。
いたたまれなさを感じつつ、エッジは弱った顔を隠しもできないままに、寝台の上のリディアを振り返っていた。
「…あの、な。それはほんと悪かったと…」
「あら。いいのよ、わかってるもの。お仕事なんだから。エッジはいつだって忙しいんだもの」
にっこり笑って──けれどそれが心底からではないと雄弁に語る様な、本当に絶妙な笑顔。リディアのそんな表情にエッジとしては益々いたたまれなくなる。
勿論言い訳ならある。リディアも言った通りエッジは本当に忙しかったのだ。偶然重なった公務に次ぐ公務で、ここ数日間実はろくに寝てすらいない。
息子が産まれたと聞いて、その公務の合間を縫ってもちろん駆けつけた。駆けつけて、リディアと息子の安否を確認するのが精一杯だったのだ。そうして一瞬でまたもや公務にトンボ返り。
…それを彼女が不満に思うのは当然だとエッジは思う。
初産だ。しかも体が丈夫でもないリディア。本当なら傍にいてやりたかったし、傍にいてほしいと言いたかったに違いない。それでも彼女は決してそれを口にして公務を滞らせはしなかった。エッジに時間が出来た今になって、こうして少し愚痴ってみせるだけで。
そんな彼女を誇りに思う。よく出来た妻だと。反面、そんな時でこそ甘えてみせない気丈さが少し不憫でもあって。
「リディ」
リディアのベッドの傍らに立つ。親しみ呼び慣れた呼び方をしながら、彼女を見下ろす。
上目がちになって見上げてくる碧の大きな瞳。目眩を覚える程に美しいその色彩。
それはエッジに向けられる時、いつでも少しだけ潤んでいる様で。
この世にこれ以上に愛おしいものはない。これ以上に、狂おしく思い煩わされるものも。
その白い頬に手を伸ばし、そっと触れる。
「…ごめんな。いつも…」
柔らかな頬を撫でるエッジの手のひらに、リディアの小さな手のひらがそっと重ねられた。それは少しだけいつもより温かく感じられる。
愛しそうに重ねられるその温度。
この熱に。自分はもう幾度縋ったのだろう。いつでも当たり前の様にさしのべられるリディアの手のひらを、どんなにか自分が必要としているか。
「…私も、ごめんね。エッジの顔見たら…すこし、我が儘言いたくなっちゃった」
そうして物わかりの良すぎる彼女の我が儘は、いつでも長くは続かない。言い募る声はもう既に申し訳なさそうな音を帯びていた。
息を吐くように、エッジはそっと笑う。
「おまえはなっかなか、我が儘言わねえからなあ…」
「…ほんとにごめん。私、こんなに幸せなのにね」
「ばーか。どんなに幸せだって我が儘くらい言っていーんだよ」
そうして彼女の頭を柔らかく抱きしめると、その髪に顔を埋めた。
リディアの香りがする。それを胸いっぱいに吸い込んで。
陶酔する。嫁にして既に三年が過ぎていた。それでも未だ、この華奢な体に触れれば心がざわりと音をたてる。森のような彼女の香りに包まれれば、身の内の熱がじんと高まるのだから。
きっと、一生こうして患わされる。どんなにか傍に置いて暮らそうとも、治る見込みのない病に。身も心も。
どうせ治ってくれとも思っていないのだし。
…おまえの温度に一生狂おしくいるんだろうよ。オレは。
愛おしく抱きしめたまま、リディアの髪にそっと口づけようとして…
コホン、と。咳払いが響く。
「失礼いたします。大変差し出がましいとは存じますが、エッジ様、そろそろよろしゅうございましょうか?リディア様の検温のお時間でございますので」
差し出がましいとはカケラも思っていなそうなしゃあしゃあとした声。思わずエッジは舌打ちを漏らす。
「…空気読めよ」
「充分読ませていただきましたわ。だからこうしてタイミングを見計らったのではございませんか。さぁ、さっさと退いてくださいまし」
「おめぇ、口のききかたが年々雑になるな…」
ややウンザリした声で言うエッジ。それとともにリディアのいるベッドから離れると、入れ替わりに小柄な女がベッド脇に進んだ。
自国の王にいけしゃあしゃあと「退け」と言ってみせたのは、リディア付きをしている女中のマリカだ。
リディアがエブラーナに嫁いで以来ずっと、彼女の最もそば近くにてお世話をしてきたのがマリカだった。王妃と、女中。身分の差はあれど、常に世話をしてくれるマリカに、すっかりリディアは打ち解けている。今では友人という方が近くすらある程の仲なのだから。二人はお互いに心を許し、気安く接しあえていた。
それとは別で、この国の民は誰も彼も主君たるエッジに対しとても近い。それはもう昔からの事であり、良くも悪くもなのであるが。
なので先程の様な『主に向かって退け発言』も、ここエブラーナでは日常茶飯事的風景である。
これがもし、どこか他国の王と召し使いの会話であればとんでもない事態でなのであろうが…。
「リディア様、検温させていただきますね」
「うん、ありがとうねマリカ」
仲睦まじそうにやりとりし始める二人を横目に、エッジはクオレの元まで戻ってくる。
「腕疲れねえか、クオ。そろそろ抱っこ代わっとくか?」
「うん、そうする」
素直に頷くクオレの腕から息子を預かり直す。幾ら産まれたてとはいえ、赤子というのは決して軽いものではない。
まして自分も子供のクオレの腕にはそれなりの負担だったのだろう。疲れたらしい細い腕をプルプルと振っている仕草が、何だか妙に可愛らしかった。
それにしてもクオレの抱っこの腕は本当になかなかなものである。エッジの腕に戻った息子は相も変わらず気持ち良さそうに眠ったまま、さっきからオギャアの一泣きすらないのだから。
間近に見下ろす息子の小さな顔。その、母親譲りの雪白の肌。ふっくりとまあるい頬にはまだシミ一つない。あまりにも無垢な、小さき命。
「…父様と同じ色なんだな」
「ん?」
「この子の髪。キレイな鋼色だ」
「あぁ…」
成る程、髪の色の事かと納得する。
そう、髪は自分譲りだった。エッジが父親から受け継いだ色を、この子もまた引き継いだのだ。そして今は閉ざされた小さな瞼の中、その瞳の色は…。
「目は、母様の色にそっくりだし。宝石みたいな碧の…なんだか、不思議だな」
「…何が不思議なんだ?」
聞き返せば。エッジの腕の中の小さな命を覗き込みながら、クオレはチョコンと小首を傾げた。川蝉色の髪がその動きでフワリと揺れる。
「…子供はこうやって親に似てるものなんだな、と思って。目の色とか…髪とか。それが何だか…不思議なんだ」
本当に不思議そうに、それでいて少しの戸惑いを帯びる声。
───マイナデス。そう呼ばれていたモノたち。たくさんの、全く同一の存在がいた。マイナスという名を共有していた、その全ての彼女ら。
そうしてこの子に『クオレ』の名を与えたのはリディアだった。真月から彼女を連れ出し、ミストで養っていたのだ。
まるで、本当の我が子の様に。愛しみ、大切に。
「…血が繋がってると、こうやってたくさんのところが似ているんだな…父様にも、母様にも」
クオレが囁く。その声に、どこか羨望にも似た音を聞いた様に思う。
エッジはふと目を細くして小さな彼女を見下ろした。
「…おまえだって母様にすっげぇ似てるよ」
「私が?」
「おう。そっくりだ」
「でも私は、母様とは…」
血が繋がっていないから。きっと、そう言おうとしたのだろう。
しかしクオレの桜色した愛らしい唇に、エッジはそっと右の人差し指を宛がう。息子をぎこちない片腕抱っこでどうにかこうにか抱えたまま。
キョトンとなったクオレ。まん丸に見開いた綺麗な青の眼差しが、エッジを映す。
「…ほらな。このびっくりした時の顔とか、ほんとすっげぇそっくり」
「それに照れた時にちょっと頬っぺたを掻くところは、父様にそっくりよね」
引き継いで言う、朗らかな声。
それを聞いてクオレとエッジがリディアを振り返れば、チョコンと小首を傾げて微笑み返してくる彼女と目が合う。
自覚のある癖を指摘され、エッジは僅かな苦笑いとなる。そして言われてみれば、それは確かにクオレも時折見せる仕草であったりするわけで。
思わず小さく吐息を洩らしていた。
「…あと、小首傾げる仕草とかな。それは間違いなく母様譲り、そっくり中のそっくりだ」
負けじと言い返す。ああそうねと、リディアが少しはにかんで笑いながら頷いた。
エッジはクオレを見下ろして、大きく破顔する。
「な?クオもオレたちに、よーく似てるんだよ」
「…似てるのか…父様と母様に…私が」
まだキョトンとしたまま、クオレは呟く。
──『血は水よりも濃い』という。血の繋がりには、確かに明確な絆がある。おそらくそれが命を育み、繋ぐということ。
だが、それだけではない。
愛おしい人とエッジの間には、血の繋がりなどもちろんないのだ。
それでも誰よりもリディアが愛おしい。
クオレが愛おしい。
きっとそこにも確かな絆が存在している。目に見えずとも間違いようなく。
こぼれ落ちるような愛らしい笑顔が浮かぶ。目前の少女が目を細めて自分にそれを向けてくるのを、エッジは見る。
その嬉しそうな顔を守るためならなんだってしようと思えてしまうような。
大切な、娘。
「…そうか。私、父様と母様の娘なんだ…」
温かく聞こえる声でクオレが言う。それにしっかりと頷き返して。
「おまえはオレの、自慢の娘だよ」
間違いようなくそう思う。絶対的自信で、言い切れる。
クオレ以上に大切な自慢の娘なんていない。
リディア以上に愛おしく誇れる妻はいない。
それに、生まれてきたこの息子も。
クオレと見つめあったままで同じ様に笑い合っていた。血が温かさを増して体の中を駆け巡る様な、じんわりとした幸福感。

いつからだろう。自分の手のひらを小さいと思うようになったのは。
昔もそんな風に思った事がある。あまりに無力な自分の手のひらを、小さく不甲斐なく感じた事が。でも今思うことは全く違っているのだ。
この手のひらに収まらない程の幸せを日々感じている。後から後から涌き出る様な、無尽蔵かと錯覚する様な幸せ。この小さな手のひらから容易く零れ落ちてしまう、それでもまだ存分に充たしてくれる程の。
夢にも見たことのないような、幸多き日々。あまりの幸せに時折胸が甘く痛みさえする、この日常。
心の中で父と母にいつも報告している。自分は今、こんなにも幸せです、と。

「…ところでエッジ様。またまた差し出がましいかとは存じますが…」
突然割って入ったマリカの声。一瞬の間のあと、思わずエッジは小さく嘆息していた。
「…おまえ。だから空気読めって」
「ですから読んだ上でのタイミングで申し上げておりますのに」
優雅な調子でホホホと笑うマリカ。
『ああそぉ…』とエッジは半眼で応じる。
「…で。今度はなんだ?検温の次は授乳の時間か?それともガールズトークタイムでオレが邪魔とかか?」
訊ねる声はウンザリとやや低い。
さっきまで幸福感に浸りきり、思い切り良い気分だったのだ。何しろ久々の家族水入らず、ゆっくりと過ごせるひとときである。幾ら長年に渡り付き合いの深い女中とはいえ、二度までも『差し出がましく』口を挟まれれば、とりあえずは面白くはない。
本来の主従関係を考えれば『面白くない』で済ましていい様な口のきかれ方ではないわけあるが…。
その辺りが歳を追う毎に益々鷹揚になるエブラーナの国主と、そんな彼の事を存分に理解している臣下一同。よくよく仲の良いことといえた。
ともあれ若干面白くないエッジは、思い付いたままそんな事を言ってみたのだった。言われたマリカを見れば殊更にニコニコとし、やや不機嫌な主君の様子など気にもかけてはいないという風情である。
「別にエッジ様を除け者にしてガールズトークしようなんて思っておりませんし、そんな無礼な提案をこのマリカがするはずございませんでしょう?」
「ほぉーそうか。ま、おまえは充分アレだけどな」
「あらあら。アレとはなんのことでございますやら」
「言わぬが花だ。今日のところはオレの優しさに免じて黙っといてやる」
「…はあ。何やらさっぱりわかりかねます…ですが、言わずもがなエッジ様はそれはそれはお優しい方でいらっしゃると、私も認識しておりますよ」
満面の笑顔で滑らかに言うあたりが逆に胡散臭い。半眼になってマリカを見ながらそんな事を思う。
「…あっそ。んで、結局なんだよ?」
「ええ、差し出がましい事とは重々存じておりますが。エッジ様、殿下のお名前はお決まりになりましたでしょうか?」
「…へ?」
思わず変な声が出ていた。一瞬マリカに尋ねられた意味が理解できなくて。
殿下──要するに、今エッジが腕の中に抱くこの息子の事だ。相変わらずオギャアの一泣きすらなく、大変良い子にスヤスヤと眠ったままの。マリカが殿下と呼んだのは勿論この息子の事である。
…名前が決まったか、だって…??
何を今更とエッジは眉をひそめてしまった。
そんなものとうに決まっている。どちらが生まれても良い様にと男と女の名前を一つずつ、リディアとともに前もって決めてあったのだから。腕の中のこの子が生まれ落ちて男とわかるやいなや、国民への発布も成されたのだ。
なのに今更『名前は決まったか?』とは…ベテラン女中とは思えない様な不可思議発言に、エッジはなんだか苦々しく困惑する事となる。
「……おいマリカ、おまえ何言って…」
「はやくお決めになってくださいまし。そろそろ…時間が差し迫って参りましたわ」
「は?時間…?」
益々困惑させられる。
時間、と言われても…今日は久々に公務を丸一日休めたのだ。だからエッジには差し迫ってくる様な予定はないはずである。
もはや軽くマリカが心配にさえなってしまう。どう考えてもこのしっかりものの女中らしからぬ発言過ぎる。
「…マリカ、おまえほんとどうした?なんか寝ぼけてるのか?」
「まあ失礼でございますこと!私はしっかり起きております」
「だったら今更名前なんて…」
「寝ぼけてるのはエッジ様でございましょう。では冷静に考えてお答えくださいませ…殿下の、お名前は?」
「そりゃ勿論こいつの名前は……」
言おうとして、ふと言葉が切れる。
産まれたばかりの息子。エッジの腕の中に抱かれる、小さくいとけない、温かな命。
この愛しい息子の名前は……。
「…あ?」
全く出てこない事にやっと思い至る。既に決めてあった、もう国中に発布したはずの、この子の名前が。
なぜだ。息子の名前が出てこないなんて。リディアとの間に育まれ生まれてくれた、大事な命であるのに。
軽く困惑する。思い出せないなんて、そんな事あるはずがない。落ち着け、落ち着いて考えろと頭の中で反芻する。しかし幾ら腕の中の息子を見つめて考えても微かにも名前が浮かんでこないのだ。
サッと、血の気が引くような感覚を覚える。
小さく嘆息する音。それに引き付けられて視線を投げればマリカと目があった。
「…出てきませんでしょう、殿下のお名前。当然でございますから。何故ならまだ決まっておりませんので」
「んなバカな…」
「そう仰られましても今のところそれが真実でございます」
事も無げに言うマリカ。
すでに困惑から混乱レベルの状態になったエッジがたまらず低く唸る。
助けを求める様に視線をクオレに向けた。目が合い、透明な青の眼差しがキョトンとしながら見つめ返してくる。
「…あの、父様。名前、はやく決めてほしいぞ。いつまでも名前がないと、なんて呼んであげたらいいのかわからなくて困るからな」
眉を寄せて、少しばかり切実そうな表情を見せるクオレ。その真実っぽい様子。エッジは一層混乱してきた。
…そんなことはあり得ないとは思いつつも、一瞬マリカが自分を担いで言っているのではなかろうかと予想していたエッジである。とはいえ主君に対して砕けすぎてはいる彼女ではあるが、下らない嘘をつくような性格では決してなかった。しかもクオレのあくまでも真実っぽい先程の様子と言い…。
エッジはとうとう最後の砦とばかりにリディアに視線を走らせる。
翡翠の眼差しが穏やかに細められて、エッジを捉えた。
「…リディ…」
──名前、決まってるよな、当然…?
瞳でそう訊ねる。見つめた先でリディアがふと小さく笑った。
「…エッジ、その子の名前はね」
「名前、は…?」
「……まだね、決まってないの」
柔らかな声に告げられて。それでもこの妻がそう言う以上は、これは真実なのだろう。
訳がわからない。それこそ頭の中が一瞬真っ白になるような混乱。
それでもなんとか納得しようとする。はは、と。小さく笑ってみせて。
「…そうか。決まってねーんだっけか…せっかく生まれた息子の名前…オレはてっきりとっくに決めて、国中にもう伝えてある気になってたけど」
「そうよね。本来ならそのはずだもの」
「…だよな。悪い。もしかして…オレが公務に掛かりっきりだったせい…だよな?」
そのせいで、大切な息子の名前すら決まっていないというのなら。親として、そして夫として、これ以上の失態はない。
…オレ、無くねぇ…?
あまりに不甲斐ない顛末に、申し訳なさでいっぱいになる。
しかし。軽やかな笑い声が、俯きかけたエッジの耳に届いた。
「…ううん。あなたのせいなんかじゃないの。ねえ、エッジ。まだその子の名前は決まってないわ。だってこれは…未来だから」
「…は?」
寝台の上のリディアが言う意図が分からず、思わずポカンとなってしまう。
未来だから…??
何が未来なのだろう?
ふいに、視界が明るくぼやけるのを感じた。眩しさを覚えた目が僅かに細められる。その明るさは窓から差し込む光のせいではない。単純にそこかしこ一面が淡く輝きに包まれたのだ。
反射的に辺りに視線を巡らせる。腐っても(?)そこは忍の頭領、どんな事態とて慌てる事は決して無い。歳を重ねて尚鋭い眼差しが脅威を見極めんと素早く動く。
だが、どんな脅威も襲っては来なかった。ただ光が増していく。
そうして僅かに息を飲む。
「…おいっ、リディっ?!」
まるでその光に溶けていくように、淡い輪郭となっていくリディアの姿が見える。
それにクオレも。マリカも。光の中に溶けるように、淡く輝いて。
ハッとなってエッジは腕の中の息子を見下ろした。危うげな手つきで抱き抱えていた小さなその命もまた、光になっていく。

みんな消えてしまう。光に、溶けて。
瞬間、強い喪失感が胸を貫く。

──なんで消えてくんだよ、なあ…!?

叫んだつもりで。今度は何故か、声が出ない事に気づいた。
「…大丈夫だよエッジ。私たちいなくなったりしないから。未来でまた会えるから。だから、それまで…」
──それまで…??
「私たちの大切なこの子を迎える、未来のその日まで。どうか…元気でいてね」
優しい声でそう言われて。
それになんとか頷けたような、だがはっきりとは自分でも判別のつかないままに。
意識が急速に遠退くのを感じた。抗うことなど出来ない、遠い場所につれていかれるような感覚がする。
ちがう。たぶん、在るべき場所に帰ろうとしているのだ。ほとんど核心に近くそう思う。

「…私たちの未来はまだずっと先だよ、エッジ」

…ああ。そうなんだな。

「…だからそれまで」

…おう。それまで。
大丈夫だ。見失ったりしない。必ずこの未来に、おまえに、たどり着くから。
それまで。少しだけ。

「…うん。少しだけ。おやすみ、エッジ」


──おやすみ、リディア…。







──エッジ。

名前を呼ばれた気がする。

──エッジ起きて。

その優しい声。今まで見ていた夢の中でも、ずっと聞いていた。
だから目覚める。

微かに眩しさを覚えて、眉間に力が入る。随分深く眠りに落ちていたようだと感じた。いつもなら呼び掛けに対してすぐにハッキリと覚醒する意識が、たっぷりと夢の余韻に浸っている。
それでも自分を呼んでくれたあの声に応えようとなんとか瞼を抉じ開けた。
燃えるような西日の差し込む部屋。鮮やかな茜色。それを受けた翠の、くるりとクセを宿す髪。

──必ず、おまえにたどり着くから。

胸の中で、ぽつり、呟く。

「エッジ、おきた?」
「…おう」
「セシルがね、お夕食に行くって。それで呼びにきたの。…珍しいね、ぐっすり寝てた」
そう言って愛らしく笑う声。細められた碧の眼差しが降り注いでくる。
胸が痛くなる様な幸福。そんな感覚を、ふいに思い出す。
「…夢、見てた」
「うん?」
「…すげえ、幸せな」
「ふうん…どんな内容だったの?」
「おまえがいて…それで」
「それで?」
「…後は覚えてねえや」
そうだ。つい先程まで見ていた夢なのに。今はまるで覚えていなかった。
それでも彼女が──リディアがいたことだけは残っている。その他の夢の記憶は全て一瞬の内に消えてしまったかのように。
たくさんの幸せに囲まれていたような気がする。多分今まで感じた事もないような、とんでもなく幸福な夢。それこそ夢想したことさえないような。
夢の中、あれもこれもこの手のひらにはあって。けれど目覚めるとともにその全てが輪郭をぼやかして、消えてしまった感覚。
たしかなものは、夢の中でも聴いていた、この声。
…リディア。
「…なんかおまえと約束したんだけど」
「私と、夢の中で?」
「おう。でもなんの約束か忘れてんな…」
そう告げれば覗き込んでくるリディアが『そう』とだけ応える。
今日の宿で宛がわれた一室。そこのソファーでどうやら眠りこんでしまっていたらしい。
先程リディアにも言われたがこんな時間にうっかり寝てしまうことも、その眠りが夢をみる程に長かったらしいことも、我が事ながらあまらに珍しい。普段から短眠であるし、気配が雑多すぎる昼の内にうっかり眠るなどということは、正直自分らしからぬ事だった。
そういえばいつ眠りに落ちたかさえおぼろげだ。忍としてはかなりの失態であるが故に、未だどこかぼんやりとしたままでエッジは僅かに眉を顰める。
それなのに。
常らしからぬ程に眠りこけてしまったというのに。たくさんの事を忘れてしまったその夢に、どこか焦がれる様な気持ちを覚えていて。
見つめ下ろしてくるリディアを見上げながら『なぁ』と声をかけてみた。喉が僅かに渇いていて、発した音はどこか掠れてしまう。
「…おまえどんな夢か覚えてねえの?」
「どんな夢かって…私は見てないんだから、覚えてるわけないよ…?」
それはそうだと、自分で訊いておいてエッジは微かに苦笑する。
困ったようなリディアの声。そして少し首を傾げる様にしながら彼女は微笑む。
そのあどけない仕草や表情。
約束をしたのだ。それは感覚として残っている。どんな約束だったのか思いだせはしないけれど。
覚えてもいない約束を、だが叶えたいと思ってしまう。

もし叶ったのなら。途方もなく幸せと感じた気のするあの夢を、思い出せるだろうか。

近づけるだろうか。

「あー…なんだっけかなぁ…なんて約束したんだったか…めちゃめちゃ幸せな感じしか残ってねえ…」
「…そんなにいい夢だったんだねぇ」
「おう。ちゃんと覚えてねえのが残念。なんか、すっげぇ損した気がすんなぁ」
少し笑いながらそう言うと、釣られたようにリディアも声をあげて笑う。
一頻り笑い合って、それからエッジは眠気を覚ます様に体を伸ばし、関節を鳴らす。
パキンパキンと心地よくそうしながら、身を預けていてたソファーから立ち上がった。
部屋に差し込む夕陽の傾き具合からもわかる通り、確かにもう夕食時なのだろう。この町で宿を取ってからかれこれ一刻半以上は経っていると思われた。随分と無防備さながら、眠りにこけてしまったものだ。
自身に苦笑するしかない。
「…ねぇ」
「ん?」
小さく服の裾を引っ張られて。エッジの視線はリディアを見下ろした。
華奢な少女は円らな瞳を上目がちにし、覗き込むようにして見上げてくる。
どうした?と見下ろす眼差しで問う。
「その夢でね、エッジは幸せだったんでしょ?」
「おー。多分」
「それで、私も出てきたんだよね?」
「それは間違いなく出てきたな」
「…じゃあ、私も幸せそうだった?」
何気ない問い掛け。いつものように少しだけ小首を傾げる様にしているリディア。
何故だか、一瞬声に詰まる。
胸を突かれたような気がした。
「…エッジ?」
すぐに返事を返してこない事に不思議そうになったリディアから名前を呼ばれて。それでやっとハッとなる。

…大丈夫。必ず。たどりつく。

意図せずに呟かれた心の声に内心驚きながら、それでも顔にはそうと出さずに。自身の呟きの意味さえ把握しないまま、それでもエッジは大きく破顔する。
腕を伸ばして、リディアの髪にくしゃりと絡ませる指先。柔らかなその感触を確かめるかの様に。
「…おう。たぶん幸せそうにしてた気がする」
…そうだ。おまえ、幸せそうだったよ。
笑ってたんだ。
ああ、ほんと。どうして忘れちまったんだろうな。あのまま夢を覚えていたなら。
おまえが幸せそうだった理由が、わかるのに。おまえと交わした約束も、叶えられるのに。
「そっか…幸せだったんだ」
嬉しそうになる愛らしい声。
ただの夢の話だと言うのに、こぼれる様な笑顔を見せる。それを見下ろし髪に指を絡めたまま、彼女の頭をぽんぽんと撫でて。
指先から伝わる温もり。
…そうだ。あの夢の中でも、きっとこんな風におまえは笑っていたんだ。
幸せそうに。
「…笑ってたからなぁ、おまえ」
「そうなんだぁ」
「おう。たしか、大口開けてゲラゲラな!」
「…えっ!?ゲラゲラなの…!?」
『笑うって、そっち…?!』と言いたげに驚き声になり目をまん丸にしたリディアの様子に、思わず小さく吹き出す。にやりと笑いかけ。
「うーそだって」
「え?!うそ…?!」
「おう、嘘」
愉しそうにそう告げれば、キッとこちらを睨みあげてくる碧の眼差し。『なによそれ!』という可愛らしい(リディア的には怒っているのだろう)抗議があがる。そんな様子にエッジは思わず頬が緩むのを感じた。
こうして他愛もなくからかっては、リディアが頬を膨らました顔をする。どうしてか、それを見たく思っている自分がいるのだ。
本当にどうしたことかと最近自分でも疑問に感じるが…。
改めてリディアを見下ろし笑いかける。
「さーて。セシルが飯行くって呼んでんだっけか?」
「…そうだよ」
どこか抗議混じりの声音が返してくる。唇をやや尖らす様にしたリディアは、なんだか不満げにエッジから視線を外していた。
そんな様子に更に頬が緩んでしまいそうになって。
それでも片眉を器用に動かして、なんとか苦笑の体を整えた表情を作ってみせてから、僅かに身を屈める。リディアの顔を下から掬いあげ見るようにして、俯きがちに逸らされた碧の眼差しを覗いた。
「怒ってんの?」
「…だって。ゲラゲラとか、嘘つくから」
「じゃあごめん、だな」
戯れを装った声音、ニヤニヤ顔をこしらえて返せば、リディアは更に頬を膨らませたりする。雪白の頬を僅かに薔薇色に染めてむくれているのだから。
なんというか、愛らしい事この上ない。
「…もう!エッジなんて知らないっ」
そうしてとうとう本気で機嫌を損ねさせたらしい。ツンと顔を反らせてくるりと体を反転させるリディア。細い肩をいからせながら先に部屋を出ていこうとする。
やれやれと、今度こそ本心からでエッジは苦笑することとなる。むくれたリディアに対してではない。
彼女のそんな顔を見たいが故に、毎度毎度本気で機嫌を損ねさせてしまう自分に対しての苦笑だ。
なんだかやけに子供じみてる自身の行動には正直戸惑いを十二分に覚えている。
リディアを追ってエッジも部屋を後にした。部屋の扉を施錠し終えて視線を馳せれば、廊下の突き当たりを曲がろうとしている彼女の姿。かかった時間と進んだ距離からして、その歩調はいつもよりだいぶ早い。正真正銘不機嫌にさせたという証だろう。
廊下の突き当たりまで軽く走ってみて、曲がったその先にて無事リディアの背中に追い縋る。
「おーいリディアちゃんてば」
「…知らないもん!」
「嘘言って悪かったって」
「謝れば許されると思ったら大間違いだからね!」
「じゃあどーしたら許してくれるよ?」
「知らないっ!教えない!」
言ったきりリディアは歩く速度を落としもせずに進んでいく。これはだいぶ『ぷんぷん』している模様だ。
まあ『ぷんぷん』させたのは他ならぬ自分だという自覚なら、思いっきりしっかりある。
そしてエッジは思うのだ。
怒った顔の次は笑った顔が見たいと。至極自分勝手に、そんな事を。

いつかたどりつく、そのいつかまで。
どこにたどりつきたいのかさえわからないのだけれど。
怒ったり笑ったり、そんな風にするリディアの、たくさんの表情を見たい。

そうしていつか夢で交わした約束を叶えられる日がくればいい。

「リディ」
親しみを込めてそう呼びかけながら白く小さな手のひらを捉える。了承も得ずにそれに指を絡めると、リディアは僅かに驚いた様だった。
それでも彼女はチラリともエッジに視線を寄越してこない。
大方の事に素直なリディアの、時々見せるガンコさ。それは何故か余計に愛らしさを感じさせると思う。
自然、口許が綻ぶ。本来なら自分の感情を制するに容易いはずの忍の王子は、今はなんらそれを制御することもなく『緩みきった』と言って過言でない表情となってリディアの横を歩き続けた。
「腹減ったなぁ」
「…………」
「あー。なに食おー」
「………」
「ガッツリしたもん食いてえよな」
「……」
「肉とか。肉とかー…肉とか?」
「…私はお魚がいいもん」
「そーか。魚もいーな。で、機嫌なおしてくれるか?」
「………」
「なんだよ。まだ怒ってんの?」
「エッジが嘘つくからでしょ!それになんだかふざけた感じで謝ったのも嫌っ!」
「だーからー、悪かった。ごめん!な?このとーり!このとーり、です!な?」
繋いだ手とは逆の手のひらを拝む形にしてしつこく言い募れば、チラリとリディアの視線がこちらに寄越される。
「…嘘ついたりとか。そうやって私の事、すぐからかうよね」
唇を尖らせながら呟く声。さっきまで少しとてこちらを見ようとしなかったリディアの碧の眼差し。それが上目づかいで、すぐそこから見上げてくる。
…つーか、からかうのはおまえがあんまり可愛い反応返すせいだろうが───胸の中でこっそりと独白する。
頬を膨らませたり、唇を尖らせたり。少しガンコに視線を外してみたり。
そういう表情一つ一つがあんまり可愛いものだから、ついからかってみてしまうのだ。
自分でもこの行動にどうしたことかと思っている。思春期のガキ時分でもあるまいし、『女の困った顔が見たい』なんていうのは本来ならば自分らしからぬ事だった。
リディアにだけだ、こんな困った行動を仕掛けてしまうのは。彼女があんまり無防備に可愛らしい表情を晒すから。
…だいたい今彼女が見せている上目づかいだとて、随分な破壊力。こんな顔で至近距離から男を覗き込むのはあんまり罪作りというものだ。
思わず引き寄せたくなるような衝動。それでもそれを巧くいなして、とりあえずは反省顔を作ってみせる。
「ごめんな」
「…いいよ。もう、怒ってない…」
「マジで?」
「…うん」
「優しいよなぁおまえ」
「…あんまりからかったりしないでね」
「なるべく気をつけます」
「なんか頼りない返事だなぁ、もう」
そう応じつつもやっとで少し笑うリディア。しょうがないなぁと言いたげな表情が浮かぶ。
「ちゃんと気をつけてね、なるべく」
絡めたままの指先をきゅ、と握ってきながら、あどけない声がそう告げて。
じんと疼く様な感覚。ただ絡めた指先に力を込められただけというのに。
目眩を覚える程の愛らしさを自覚なく発揮している、この女。他の誰にも感じた事のない堪らない庇護欲に、エッジを駆り立てるのだから。

───負ける、おまえには。

事あるごとに何度だってそう思い知らされる。

「…私もお腹空いちゃったなぁ」
「オレもー。あと酒飲みてぇ」
「昨日飲んだでしょ、エッジ。だからあさってまでは無しだよ」
「出たよそのルール…いーの?酒飲ましてくんないとオレ干からびちゃうよ?カラッカラよ?」
「なあにそれ!」
クスクスと笑うリディアの明るい声を聴く。どうやら『干からびちゃう』あたりが可笑しかったらしい。急に屈託なくコロコロと笑い出すその様子に、思わず釣られてエッジも笑っていた。
「オレの体の半分は旨い酒でできてんだよ。だから常に新鮮な酒を補充しねえとなんねーわけ。つまりだ、オレは決してただ闇雲に酒が飲みてーって言ってるわけじゃあ…」
「ねえ、じゃあそれ以外は?」
「…は?」
「半分がお酒で、それ以外の残りの半分のエッジは何で出来てるの?」
やたらに興味深そうに訊いてくるリディア。碧の瞳がなにやらキラキラとしている。それを見下ろしてエッジは生真面目な顔をしながら「そりゃあおめぇ」と切り出した。
「オレの残り半分つったら、優しさで出来てるに決まってんだろ」
「…ええっ!?」
さも驚いた顔。さもビックリした声。円らな瞳が殊更に真ん丸くなる。キョトン中のキョトン、といった風情だ。
そうしてそんなキョトン顔に対して、分かりやすく眉間にシワを刻んだ憮然顔で応じるエッジ。
「…あんだよ今の失礼な『ええっ!?』は?」
「エッジが変なこと言うからじゃない」
「変じゃねーよ。つか変とか、んっとに失礼なやつだな」
「だって残り半分が優しさで出来てるとか…私びっくりしちゃったよぉ」
そうしてリディアはまた可笑しそうにクスクスと笑いだした。
そんな様子に思わずさらにさらに頬が弛んでしまいそうになって、それでもなんとかムスッとた表情をキープしながら、エッジは大袈裟なため息をついてみせる。
「んだよ、オレが優しくないとでも?」
「そんなことは言ってないよ。もちろん優しいところもあるもん。ただ体の半分じゃないだけで…そうだなぁ、まあ、3割くらいかな」
そう言い募るリディアを見下ろしながら内心『へえ…』と思う。体の半分まるっととはいかなくても、どうやらそのうちの3割分くらいに関しては優しさで出来てると認められているらしい。
本心はそれに満足。しかし表情はあくまで納得いかなそうな顔をあえて作ってみせて。
「じゃあ残りの2割は?」
予想以上に拗ねる様な声になってしまいながら訊ねれば、一層に愉しそうな笑い声がする。目を細めて笑うリディアの顔を見下ろして答えを待つ。
「残りはねぇ」
細められた眼差しはどこか嬉しそうで、楽しそうで。そうして彼女はエッジの耳元に少し身を乗り出す様に背伸びして近づく。
「…いじわる、だよ」
まるで内緒話をするかの様な声に告げられて。
その声を呪文のようだと思う。他の誰にも感じさせられた事のない、甘く疼くものをもたらす魔法の呪文の様だと。
そしてリディアがふとした瞬間いとも簡単に使う呪文の言葉は、いつだって強力この上ない。

…たいした女。全く勝てる気がしない。

「ほーぉ…いじわるね。そーかそーか」
「うん」
にこにこと楽しそうに笑うリディアには、にやぁりと、思いきりいじわる極まりない笑顔を向けてやることとした。そして。
「んじゃ、お望み通りいじわるしてやろうじゃねえか」
「…へっ!?」
上ずったリディアの声。彼女が慌てて身を引こうとして、だがそれより一瞬早くエッジは行動に出ていた。
繋いでいた指先を外して、柔らかい若葉の髪に勢いよく両手を差し込む。そのままわっしゃわしゃに髪をかき回してやったのだ。
ふんわりとした猫っ毛のリディアの髪は大変絡まりやすいのである。故にこんな事をすればすぐにモサモサに絡まってしまう。それを承知でこうするのがエッジは正直大好きだった。もちろんリディア受けは相当悪い。しかしこれで良いのだ、なにしろ『いじわる』なのだから。
「きゃぁっ!やだっ!いやーっ!!やめてったらーっ!」
「あっはっはっは!いじわるなんだから仕方ねえだろぉー!」
豪快に髪を掻き回され悲愴に叫ぶリディアの悲鳴には、心底から嬉しそうなエッジの声が応じる。
しばし『わぁわぁキャアキャア』で取っ組み合いになる二人。もちろんその間足は止まっている。セシルの待つ部屋まで普通に歩いていればもうとっくに着いているはずだった。
…こんな事してたらセシルのとこまでどんだけかかるんだか…。
絶賛大人げない行動中の自分を省みて、呆れ返りながら内心思う。
彼女には勝てない。
指を絡めて手を繋ぎたい。
髪に触れて引き寄せたい。
笑わせたい。怒らせたい。いろんな顔が見たい。その為なら、らしくない子供じみた意地悪さえしたい。

それから。
泣かせたくない。

「…もうっ!ひどいよ!エッジのばか!ほんとにばかっ!!ばかばかばかぁっ!!」
華奢な力で胸を押し返してきながらリディアがあまりに喚くので、エッジはやっとで彼女を解放する。思う存分にワシャワシャにしてやったその髪は、空気をたっぷり含んだ様にモッサモサに変化してしまっている。
…うん。すっげえ、満足。
思わずニヤけてしまいそうな程に満たされた気持ちがこみ上げてきた。
対照的に見上げてくるリディアの眼差しの恨みがましい事といったら。普段は優しいラインを描く眉が、珍しくも吊り上がってみせている。円らな瞳は怒りでキラキラしているようだった。
「…さっき『気をけてね』ってお願いしたばっかりなのにっ!…エッジのばかっ!どうしてくれるの!髪、ぐしゃぐしゃじゃないっ!!」
「あー。ぐしゃぐしゃだなぁ、確かに」
「……っ!!ばかっ!!」
「はいはい。直す、直してやる」
「いや!エッジはもうさわらないでっ!ぜったいさわらないでっ」
「んなことゆーなよ」
言いながらリディアの体をたやすく腕に閉じ込める。エッジの腕をかわして逃げようとしたその華奢な体を、ちょうど後ろから抱きすくめる様なかたちとなった。
もちろん嫌々されるがそれには構わずだ。右手で抱き締めておき、空いた左手で宣言通りに髪を直す為、優しく梳いてやる。エッジが自分でモッサモサに掻き回した髪を、である。
「…直す位なら最初から掻き回さないければいいのに」
もっともな意見を述べるリディアの声は当然またもや不機嫌だ。
怒らせて。笑わせて。また怒らせて。
本当に自分でも呆れるしかない。一体どうしたいというのだか。している自分でもサッパリなのだ。されているリディアは自分以上に正直困惑しているだろう。
「ほらよ。直ったぜ」
かなりワシャワシャと掻き回したわりには案外と早くほどくことができた。それと言うのもエッジの指先がやたらに器用だからに他ならない。
元のふんわりとした髪に戻してやったところで、ふいに両手で後ろから抱き締めなおす。エッジより頭1つ小さなリディアの、その髪に顔を埋めにいって。
ぎゅっと。腕に力が篭った。
リディアの肩が僅かに跳ねる。
「……エッジ…?」
「なんでもねえよ」
そうだ。なんでもない。
ただすこし、こうしていたいだけ。
…触れていれば、もしかしたらさっきの夢を思いだせはしないだろうか。
森の様なこの香り、この色彩に、このまま埋もれていられれば…。
コホン、と。躊躇いがちに咳払いの音がする。
「…えーと、二人とも。夕食を食べに行きたいから、そろそろ、いいかな?」
やたらに気遣いに満ち声。それを耳にした腕の中の少女がぴくんと震えて顔を上げようとする。エッジはヤレヤレと、彼女の髪に埋めていた顔を持ち上げてやった。
そうしてセシルへと視線を投げ掛ける。少し前にやって来ていたのは知っていたのだが、敢えて無視を決め込んでいたのだ。恐らくセシルは、エッジを呼びに行ったきりなかなか帰ってこないリディアを迎えに来たのだろう。
そのセシルは何とも言いがたい苦笑いを麗しの美貌に浮かべながら佇んでいた。
「…セシルっ…!」
相当動揺しているのだろうリディアの声。セシルの方を見ながらやたらにアワアワとしている。
それでもエッジはリディアを後ろから抱き締めたままだが。そうして半眼になりながら僅かにため息を洩らしてみせた。
「はいはい今いきますよー」
「すまないね。これでもタイミングを読んだつもりなんだけど…」
「おう、読めてる読めてる。なーんもすまなくねえよ」
「そうかい?」
「セシルっ、あ、あの…!」
ますます上ずるリディアの声。後ろから抱き締めている腕から逃れ様と非力なりにも暴れるので、エッジは彼女を腕の中から解放してやることにした。途端にパタパタとセシルの元へと走っていってしまう華奢な体。
…どいつもこいつも。もちっとタイミング読めっての。
内心思ってから『あ?』と僅かに疑問が生まれた。
……どいつも、こいつも?
セシル以外の誰に対しての言葉だろうか、今のは。
「セシルっ…」
「ん?どうしたんだいリディア?」
娘に話す父親の様な顔になりながらセシルが訊ねれば、アワアワとしたままのリディアは何故かふるふると首を振る。
「あのね、あのっ…!」
「うん、どうしたの?」
「その、だから、いまのはっ…」
「うん?」
「…だからね…いまのは、ね…」
抱き締められていたところを見られた。しかも、セシルにだ。
『セシルはお父さんみたいに感じるの』
いつか、そう言っていたリディア。この年若い青年を父親の様に思っているというその話に、最初こそ違和感を覚えたものだが。
今となっては至極当たり前にリディアの気持ちを飲み込んでやれた。彼女にとってセシルが父親の様な存在と感じるのと同等に、セシルにとってのリディアもまたどこか娘の様に感じさせる存在なのだろうから。
そういう特別な距離にある存在のセシルに見られたとあって慌てているのだろう、今のリディアは。そして状況を説明しようとして、しかし慌ててしまってるが故にそれが上手く出来ないでいる、といったところか。エッジは冷静に分析する。
そうして相変わらずアワアワとしたまま、リディアはちらりと一瞬こちらを見る。その頬はなんとも罪の無い事に薔薇色に染まっていたりする。目があった瞬間には白い肌が更に色づいた様にさえ見えたりした。そうして慌ててまた目を逸らされてしまう。
…なにそれ。なんか可愛いんですけど。
頬のあたりをチョイチョイと掻きながら、たまらねえなぁとエッジは思う。まあひとつ物申すのであれば、それをセシルの元ではなくオレのとこでやってくれたら尚更いいのに、とも。
真っ赤になって俯いてしまったリディアが、セシルの服の裾をきゅっと握りしめた。
「あの…だからね、ちがうの、セシル…」
「うん?なにがだい?」
「……その。さっきの、は…」
さっき抱き締められてたのは深い意味のあることじゃないの。多分リディアがセシルに言い訳したいのはそういうことだろう。
エッジは軽いため息をつきつつ二人に歩み寄ると、ぽんっと両者の肩を叩く。リディアとセシルの二人ともが驚いた様にキョトンとこちらを見てきた。
ニッと、エッジは笑う。
「そら、飯いこうぜ、飯!」
そうして殊更明るく告げてそのままさっさと出す。一拍遅れで背後から『あ、うん、そうだね』というセシルの返事が聞こえてくる。リディアからの返答はない。しかし二人が歩き出す気配がしたので、そのまま構わず歩く事とする。
「飯どこで食う?下の飯屋?」
「宿にくる途中にあった食堂に行ってみようかと思うんだ。ローザが行ってみたいらしくて。カインも構わないって言うし」
「あー確かにあったな。ちょっと小洒落た感じの。いかにも女が好きそうな」
「リディアも、夕食はそこのお店でいいかな?」
「…うん、私はどこでもいいよ」
背後から聞こえる控えめな声。エッジはそれを耳にして密かに笑みを洩らした。
歩いたままでぐぅっと伸びをする。
「さーて。なに食うかなぁ…旨い魚があるといいよなぁー」
「はは。エッジは魚腹なんだね。僕は今日は肉腹だな。リディアはどうだい?」
「あ、私は…お魚がいい」
「へー。気が合うな!お揃いじゃんオレと」
しれっとそんな風に投げ掛けて、背後から着いてきているリディアを一瞬振り返る。
まだ頬を仄かに薔薇色にさせたままの彼女は、目が合うと気まずい様なはにかんだ様な表情を見せた。
それでも更に『な!!』と促せば、愛らしい声が『うん』と小さく応じるのを聞く。エッジは満足げに前へと向き直る。
あ、と。何か思いついた風のセシルの声が、ぽんと手を打つ音とともに耳に届く。
「そういえば、早く行かなきゃならないんだったよ」
内容とは裏腹にゆったりと穏やかに言ったセシル。振り返らず歩いたままでそれを聞く。
「は?なんで?」
「ほら、リディアに君を迎えに行ってもらったのになかなか帰ってこないから。痺れを切らしたローザが僕の事も派遣したんだよ。『あの王子様どれだけ待たすつもりかしら』って。結構ご立腹だったよ」
爽やかな声音。しかし内容は重大事項。エッジは思わず『げっ…!』と漏らしていた。慌ててセシルを振り返る。
「セシルてめぇっ…!そーゆー大事な事はさっさと言えっての!!」
「ああ、ごめんごめん」
そう応えるセシルの声はあまりにもノンキで。平和な笑顔すぎて。
…ごめんごめん、じゃねえよ…!!
内心思いきり叫ぶ。
何につけても要領と飲み込みの良い自覚のあるエッジだ。このパーティに於いての力関係の序列は当然既に心得ている。
怒らせてはならない者を怒らせたのだと聞いて、これが焦らずにいられようか。…いや、忍たるものこの程度の事で焦ってどうするという気も多々するが…。
それでもローザを怒らすというのは致命的失態である。これ以上事態を悪くしない為に最善を尽くすのは吝かではない。
「おまえらノンキに歩いてんなって!おら、走れ!全力で!」
言ってリディアの手を取りそのまま走り出す。どさくさ紛れもいいところなのは自分でも承知の上だ。
「わっ…!ちょっ、エッジ…?!」
「セシルも急げってば!」
「はいはい、わかったよ」
一番後方となったセシルの、苦笑混じりの声が宿の廊下に響いた。



小さな手のひらを握る。指を絡めて。
忘れてしまった約束が、いつか叶えばいい。

らしくなく。祈る様に、そう思う。



*END*


〈アトガキ〉
2015年初のSS更新です。
とゆーても最近書いたものじゃないです。一個前のSS『アコガレ』より更に前に書いたものなのです。
なんか文章も荒々しい(?)し、設定も謎だし、あと初のオリキャラ投入作品でもあったので、なんとなくお蔵入りしてたんですよね。
でも年明けにあたってちょっとめでたい感じのSSを載せてみたくなって…
オリキャラ苦手な方にはスミマセン。
そしてスモカ的幸せ家族妄想がてんこもりもりでスミマセン。
いろいろ変なところあったらなんかすみません…


読んでも意味が分からなかった方のために、解説です。
前半のエブラーナにおける幸せ家族妄想はエッジの見てる夢なのです。TA後にエブラーナに嫁に来たリディアさんとのしあわせな夢。
いわゆる『予知夢』というやつ。

後半からはエッジが目を覚まして、無印時代の旅の途中でのシーンです。つまりこのSSの実際の時間軸は無印ということになります。

ほんと、わかりにくい話でスンマセン…。

ちなみに何故若様が予知夢なんて見るのか、なのですが…
SFC時代の設定資料集(NTT 出版の超古いやつ)に、エブラーナの初めの当主(要するに若のじい様だかひい祖父さまだかもっと前だか)が、一人隠って修業して、忽然と舞い戻った頃には忍術身につけてた~みたいな記載があって。
それを見たときに『あー、ジェラルダイン家は結構神秘の力とかありそう。忍術も元々そういう才能あっての事で、修業により開花した、みたいな。だからまだ開花してない力とかあるはず』という流れの思考に至ったわけなのですね。
そんなこんなで若様は予知夢が見れるのだった!という神秘パワー設定です(*´︶`*)オリジナルもいーところだ!

ただ一子相伝で練り上げてきた忍術とは違って、それ以外の神秘パワーは不安定なので。せっかくこと細やかな予知夢とか見れても、その内容は全然覚えてない…という。
それか拘りのない性格のせいで夢の内容覚えてないという可能性もある気がするなぁ。
対リディアに関してはわりと女々しい我が家の若様ですが、基本的にはおおらかには違いないので。
ともあれそんな裏設定話なのだった。

ここまでお読みくださった方がいらっしゃいましたら、どうもありがとうございました!








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2015/01/04 (Sun) 15:46 | # | | 編集 | 返信

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